あたしと（■）さん、顔を見合わせて、少し笑った。いつもより親し気な雰囲気。ふいに何となくぞくっとする。どうしてかしら。人と二人っきりでいるのって、時々、怖い。
「今の曲、何ていうの」
「さあ……」
「さあ？」
「よく判らないんです。小さな頃聞いた曲を自分風にアレンジしたものだから」
「へえ、君の作曲かあ」
「あん、そんな大仰(1)なものじゃなくて。……お兄ちゃんとか夢ちゃんとかは、あれをグリーン・レクイエムって言ってますけれど」
「レクイエム、ね。鎮魂(2)ミサ曲か。何の魂をしずめる曲なんだろうね」
「さあ……」
「それは君の口癖かな」
「え？」
「すぐ”さあ……”って言う奴」
「え？ さあ……あ、また言っちゃった」
ちょっと微笑んで、すぐカウンターの奥にひっこむ。ちょうどはいってきた、二人連れのお客さんに、水を運ぶような顔をして。
やだな、あたし、かなり（■）さんを意識してる。
水槽のことを思い出していた。所詮、あたしもお魚(1)と一緒なのよ。あたしの水槽(2)の方が、確かに広いかも知れない。でも、結局のところ、死ぬまであっちこっちを無意味にうろつくだけ。観賞魚なのよ。グッピーがひれを上手に使ってターンするのを見てあたしが喜ぶように、ネオンテトラの色を飽きもせずあたしが見つめるように、誰かがあたしたちを見て喜んでる。
それでも(3)あたし、言っちゃうもの。あたし、生きてるの、好きだって。
魚に喰われた地球(4)の上にも、あたしがいたんでしょうね。地球一つ出してっていったんだから。あそこにも、佳拓ちゃんやおじょうさんや……みんな、いたんでしょうね。あっちの地球のみなさんは、魚に喰われる為にこの世に生を享けたようなもんだわ。
キティに会わず、神様のゲームの話、聞かなかったとしても、どうせ、何故生きてるのかなんて判りゃしないのよ。生きる目的なんて、少なくともあたしには、判りゃしないと思うのよ。
でも。それでもあたし言っちゃうもの。あたし、生きてるの、好きだわ。
生きてることは素晴らしい、なんて言う気は毛頭ないわよ。生きるって、どっちかっていえば、ろくでもないことみたいだし、いくらあたしがグッピーに同情したって、あたし、さんまを喜んで食べちゃうもの。かといって、あたしがグッピーに対して抱いていた感情を、「偽善よ」なんて言ってせせら笑ってみる気にもなれない。
毎日精一杯生きてみたところで、毎日寝てすごしたところで、死ぬときゃ死ぬのよ。人類がどんなにがんばって、文化遺産なんての作りあげたって、太陽が駄目になればそれでおわりじゃない。
あたし、生きることの意味だの、生きてることがいいのか悪いのかだの、絶対判んない。そもそも、あたしの思考能力の限界を越えちゃってるよ、そんなの。でも、思考じゃなくて感覚なら。生きてるってことが、素晴らしかろうがなかろうが、意味があろうがなかろうが、これだけは確かよ。あたし、生きてるの、好き。
（△）、あと書きです。早いもので、これ、私の四冊目の本にあたるんです。ついこの間、処女作が出たばかりみたいな気がするのに。最近、時間に加速がかかってるみたい。何だか、あっという間に齢をとってゆきます。あーあ。もう成人式すんじゃった……。
これは大学在学中に新井素子研究会が会員の理解度を試すために作成した実力考査です。
しかし、今読み返すと顔から火が出るほど恥ずかしい。いかにも学生が気張って作りました、という代物ですな。「答えなさい」なんて偉そうに、お前何様だ、って感じですね。
そんな訳で今まで封印してたんですが、ネタとしてはこれもありかな、と思い直してHTML化してみました。
素研の友人から解答が届きました。引っ越しで荷物を整理していたら出て来たそうです。よろしければこちらもご覧下さい。
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